介護裁判新聞1月号 介護サービス費の返還を巡る裁判

2021年01月06日

介護保険法が施行されて20年がたつ。介護サービス費の返還を巡る紛争が増えている(返還問題)。

 実は、返還問題は錯綜している。不正請求を原因とする行政処分の場合もあれば,介護サービス費の返還だけ求められるケースもある。問題は,各自治体(保険者)ごとに運用が定まってないことだ。

 例えばひとつの裁判例として,保険者(市)が,事業者に対し,民法上の不当利得返還請求権を根拠として,民事訴訟を提訴し,裁判所が不当利得の成立を認めた事例が登場した。

 市がいうには,私債権の行使ということである。法令に規定する資格をもたない介護従事者が,(事業者をだまして)介護サービスの提供に関与していたから,その分の介護に関する介護報酬の請求は,不当利得が成立するというものだ。裁判所は市の主張を認めた(本件地裁判決)。

 このケースでは,あり得ないことだが、元介護従事者が資格証の偽造をしていた。事業者は,それを知らないまま採用した。採用の際に提示された資格証を見て確認してコピーをとっている。事業者は,市に定期的に資格証を提出していた。(市では毎年4月に資格者の追加等があれば,資格証の写しを提出させていた)

 ということは,事業者も,行政も,この資格証の偽造に気がつかず,偽造した本人は,そのまま1年以上介護提供に携わっていたものである。それも数カ所の事業所である。発覚した原因は,偽造した元介護従事者が,有印私文書偽造の罪で起訴され有罪判決を受けたからだ。

本件地裁判決の問題点

1 問題性

 介護保険法は様々な基準を定め,資格を要する職種では有資格の配置を基準に定めている。無資格者にサービス提供されると不正請求になるのは当然としても,資格証の偽造はそれとはちがう。犯罪行為が介在し,事業者がそれについて善意で雇用する。

2 法律上の問題 介護保険法は介護サービスの受領について,不正利得が認められる場合の返還請求に関する規定を置いている(法22条3項)。一方,民法703条・704条は法律上の原因を欠く利得をした者に対し,損失を生じた者から不当利得返還請求権を規定する。この両社の関係はどうなるのか。

 民法の議論に,実体法上の請求権が複数成り立ちうる場合の扱いとして,請求権競合,法条競合などがある。学説には,行政法的視点から,強制徴収できる公債権の規定がある場合は,民法上の私債権の行使はできないとする見解がある(いわゆるバイパス理論)。本件地裁判決の事業者側代理人は,バイパス理論を主張した。しかし,本件地裁判決は,バイパス理論を排斥し,請求権競合説を採用した。その根拠は定かとはいえない。

2 実務上の問題

 行政は,過誤調整の事例では事業の継続を認めつつ,一方で,高額の過誤返戻をねらう。指定取消しよりはよいだろうということで,新型処分を争う事業者は少ない。

 過誤調整はお金を払えばそれ以上の処分はない。強力な行政裁量が強いから,行政指導に従わないときは不正請求事案に格上げすることも可能だ。行政裁量と争う事業者は覚悟がいる。事業経営者のとるべき対応・判断はむつかしい。行政処分を争うべきか,受け入れるべきか。みな悩む。