6月号 執行停止の重大損害要件

2025年05月29日

 福祉サービス事業所を運営する事業者が、行政庁から指定を取り上げられることは、公費の支給停止に直結するため、事業の存続にとって致命的です。裁判で処分の有効性を争うことはできますが、公費の支給が止まれば事業運営は困難になります。

 そこで、裁判中に指定取消処分の効力を一時的に停止させ、公費の支給を継続させる「執行停止」という制度があります。ただし、執行停止が認められるためには、事業者に「重大な損害が発生すること」 が要件とされます。ここでいう「重大な損害」とは、事後の金銭賠償などでは回復することができないような損害を指します。

 処分を受ける可能性のある事業者側は、指定取消処分直後に裁判所から執行停止を得られるか不確実なため、万が一に備えて事業譲渡も計画することがあります。しかし、行政側は執行停止の申立事件において、「この会社は事業譲渡を計画しているから、指定取消処分が出ても重大な損害を避ける緊急の必要はないはずだ」と主張することがあります。

 過去、実際にそのような事件が起きました。取消しを受けそうな事業者が、別の法人に依頼し、その法人が事業所のある場所で新たに指定申請をしていたケースです。このケースで、前橋地方裁判所は行政の「重大な損害がない」という主張を排斥し、当該会社は指定取消処分によって会社として将来の金銭賠償では回復できない重大な損害を受けるとして、執行停止を認める判断をしました。これは、今後の取消処分対策に使える。

差押えはできるのか

 不正請求を理由とする行政処分の際には、市町村から報酬の返還が求められます。これは徴収決定と呼ばれ、介護保険法22条3項、障害者総合支援法8条2項、児童福祉法57条の2などに根拠規定があります。

 ある行政庁が指定サービス事業者に指定取消処分を行ったところ、裁判所がその執行を停止する決定を出しました。しかし、市町村は徴収決定をしていたため、これに基づいて、事業者が国民健康保険団体連合会(国保連)等に請求する介護給付費等の請求権を差し押さえるという事態が起きました。

 ところで、利用者が市町村に対して請求する給付請求権は、社会保障給付に係る債権であるため、年金受給権などと同様に差押えが禁止されています。福祉事業所は、この給付請求権を代理受領できますが、これは差押え禁止の対象外なのでしょうか。もし差押えが可能だとすれば、行政は利用者の不便を顧みることなく、行政の権利を優先して事業者に差押えを行うことにならないでしょうか。

行政は、利用者の社会保障給付請求権を差押えできない立場であるならば、行政という観点から見て、福祉事業者の(給付費等の)請求権の差押さえも行うことはできないのではないでしょうか。