10月号 通信の秘密と行政調査

2022年10月04日

通信の秘密侵害裁判 

介護行政は,行政調査と称して様々な方法で,処分をするための情報を収集しようとする。行政機関が,通信内容を検査することができるかが問題となる事件を紹介しよう。憲法21条2項は,通信の秘密はこれを侵害してはならないと規定し,公権力による通信の秘密の侵害を禁止する。

 最近,チャットアブリの内容を押収した事件が係属している(前橋地方裁判所)。DiscordというSNSには誰にも知られたくない情報や画像が満載されている。行政職員が,事業所のパソコンに保管されているチャットアプリ情報を,一括して,行政庁のパソコンに伝送させた事件だ。以下,discord事件という。

 憲法21条2項但し書は,通信の秘密を基本的な人権として保障し,侵害してはならないと定めている。スマホやパソコンを使ってやりとりするSNSのdiscordが通信手段であることは明らかだ。

 通信の秘密とは……国家権力や行政権力が,私人間の通信内容などを開示させるなどすると,表現の自由の妨げとなるし,特定の私人間の生活の平穏を害するといわれている。

 公権力が,自由勝手に私人間の通信内容を検査できるとすれば,我々は,安心して他者と通信することに躊躇するだろう。だから公権力は,通信の秘密を侵害してはならないのである。

 ただ,私人間の通信の秘密が,いかなる場面でも無制限に保障されるというものではない。代表例は,犯罪捜査の必要ある場合だ。

 犯罪の疑いが濃厚なときは,警察は,私人間の通信の内容を捜査できる。覚せい剤取り締まりの必要性から,令状による通信傍受が,一定の範囲で許されている。

 では,介護行政が,行政処分の裏付け証拠を確保する目的で,私人間の通信の秘密を知ることが許されるか。否。許されないだろう。

 実は,行政機関が監査等の行政調査をするときには裁判官の令状はいらないから,事前のチェックがない。人には他人に知られたくないことがある。監査は,行政庁の判断で必要があれば調査できるが,そのときに,事業所と利用者との間の通信内容まで検査できるとすれば,おちおち利用者と自由な関係で,通信することはできない。公権力がそれを押収すればこれは違法収集証拠だ。

 前橋地方裁判所の令和4年行ウ第7号事件で行政は,行政庁が法令に基づく行政調査において,私人間のチャットアプリdiscord情報を押収した。私は,これが憲法の保障する通信の秘密の侵害に当たると主張している。さてどうなるか。これからが楽しみだ。